雑ノート

二次障害なしADHDな人があれこれ言うだけのブログ

セクロスに集中できないマン

 共学だった小中学校では「やばい奴」として扱われ、ある程度の常識を獲得した女子校時代は「ちょっとばかりズレすぎている人」と認識され生きてきたぬた子さんだが、地元の大学に入学して初めて春が訪れた。そこではじめて私を彼女という恋仲のパートナーとしてみなしてくれる殿方が見つかったのだ。現在お付き合い八か月。彼氏は私と同様すこーしばかし不思議な人だけど元やきう男児らしく若く健康的な肉体を持っていて、男女が同じ空間に二人きりでいてしてしまう事といえばそれは身体があるだけで事足りるセックスなのである。ちなみに江戸時代では身体さえあれば出来るセックスは素晴らしい退屈しのぎだったとか。まあとにかく、私の「ねえねえねえ私たちって恋人なのにセックスしないのかなぁ。今しようよ!あっところでコンドームはオカモトとサガミの二強らしいよ。アマゾンで買うかドラッグストアで買うか悩む」みたいな発言によりピュアピュアしい処女と童貞の恋人関係は終焉を迎えた。

 

 そんな前置きはいい、セックスの話をだな。

 セックスになかなか集中できない女性は多いのではなかろうか。私もADHDの特性が手助けしてそれはもう注意力散漫マンだ。うーん今日イケないなあと思っていたら急にイったり、逆に絶対気持ちよくなるぞ!集中集中!と意気込んだらイマイチなセックルに終わってしまったり。

 これまでにぺぺローションを増量させてみたり、腰にクッションを敷くとイきやすくなるというネットの情報にすがったり、テレビの音を消してみたりと色々な方法を試してみた。がしかしいくことにはいけるけども、途中のピストン運動から快感を拾い上げることが難しかった。

 

 ある日、どういうわけか、夏の薄めのお昼寝用タオルケットを顔に被せて正常位セックスしてみた。これが素晴らしく、視界に一切情報が入ってこないので、ピストン運動でもじわりじわりと気持ちいい。少し息苦しくなったので息継ぎがてらにタオルをどかして彼をみてみると、すごくぬるぬるしてる膣が気持ちいいらしく幸せそうにセックスしていた。

 これ、アリだなと思った六月の終わり。もしADHDをお持ちで(そうでなくても)パートナーとのセックスに集中できない…とお悩みの女性がいたらお勧めしたい方法のひとつである。

 しかし顔だけタオルケットっていうのはなかなか愉快なので、そういうのにもご理解のあるセックスのお相手でなければ難しいかもしれません。

大学の授業に間に合わないほどワンピースが欲しい馬鹿

 朝から世間を浮気騒動でお騒がせしている「おばたのお兄さん」の定番ネタ「まーきのっ」と大淫婦「バービロンッ」と油汚れと言えばコレ食器用洗剤「マージカッ」を繰り返し呟いて楽しんでいた。昨晩からずっと言っているけれど、ほぼ同棲状態の彼氏さんはくすりとも笑わない。頭のいい人には分からんのですよ、この癖になる韻の感じが。

 

 私が最近フリマアプリのメルカリにハマっているのはもはや周知の通りだが、あっブログに書いたことねえや。まあ、とにかくこれが「ADHD殺し」だと私の中では話題になっているのです。その理由は後で。

 

 その名が天下に轟くメルカリ様ですが、私も近頃は大分お世話になっております(Web版において情報漏えい問題が生じたそうだがそれにはノータッチ)。

 とにかく何でも売れちゃう、何でも買えちゃう。

 CMのキャッチフレーズの通り、ダメ元で売りに出したものでさえ誰かにとっては喉から手が出るほど欲しくて仕方ないものらしく、私もビルケンシュトックのそこそこ履き古した夏サンダルでさえすぐさまSOLDとなった。しゅごい!仲介手数料としてメルカリ側に利益の10%を持って行かれてしまうけれど、それを差し引いても近所の古着屋の査定額よりかは全然高い。

 なにかを買う時も、こちとら、衝動的に物を買いやすいADHDなもんで、安く人様のおこぼれを譲っていただけるのは本当にありがたい。特に古着なんて最高だ。あの、大学の女子が白のキャンバス地に「MHL.」と太フォントでドーンと書かれたトートバッグをどや顔で持ち歩きたくなるような、そんなブランド品が、田舎の貧乏者である私が手中に収められてしまうお値段で競りに出されているのだ。

 売られている商品のコメントページはすごくカオス。

「コメント失礼します。購入を考えているのですが、こちらのお洋服の組成表示と、着丈と身幅のサイズを教えていただけませんか?」と丁寧に商品の状態を聞く人。

「こんにちわ!!!突然ですが、この4000円のワンピ、1000円で即決できませんか???お願いします!!!!」いやコイツ馬鹿じゃねえの?と馬鹿な私ですらそう思わざるをえない下品な文面の人。そのあとコメントが出品者さんにより無言で消されるといったやり取りがシュール。

 そんな何でもアリのメルカリさんだけれど、私はちょっとケチな使い方もしている。不定期で開催するくじ引きイベントで、必ず貰えるポイントをちまちまと貯めると、ちょっとしたスナック菓子がポイント利用で実質タダで買えちゃったりします。私は現在メルカリが実施している出品するごとにくじが引ける奴で300ポイントを貯めて、300円で出品されていたカルビーのピザポテトを買った。なんだか得した気分だった。

 

 私がこの雑記を今ぽちぽちと書いているのは、夏のシャツワンピースを手ごろな価格で買いたいなあ~とメルカリで検索をかけていたらスマホの画面に釘づけになってしまい気が付けば授業に完全に間に合わない時間になってしまったからである。スマホの上部に表示される現在時刻すら目に入らなかった。壊滅的な時間感覚。

 (今、10時!そうしたら10分くらいゆっくりメルカリ見て、大学さ行くべした~)と思ってたらコレだよ。ああ・・・この授業の欠席三回目。不安だ。もう休めない。

 私は今日も元気にADHDやっています。以降メルカリを利用するときは、同時にスマホのアラームを設定してから始めようと思います。。。

ツイッターの発達障害クラスタのひとびと

 なんとなーく思い出したので書きたくなりました。

 私は自分がいわゆる「発達障がい」を持っていて、そのうちの一つ軽度のADHDに該当するんじゃないかと疑って仕方がない時期があった。それも随分と前のことである(今もそう思っているが、なんかもう悟った)。

 大学の授業を気分でサボる、周囲となじめない、とてつもなく忘れっぽい、衝動買いが多い……エトセトラ。ネットで見かけるそれらの症状は私を「発達障がい」の沼にズブズブと引き込んでいった。あっ!私これかも!ってやつです。大学に入学し一人暮らしを始めて情緒不安定だったのと相まって、まるで一つの趣味を見つけたかのように発達障がいの情報を本やらサイトから収集していった。友達もいなくて何もやることがなかったのですね、ぬた子さん。趣味が高じて(?)実際に精神科へ赴き、高いお金を払ってカウンセリングを受け、WAIS-Ⅲとかいうめっちゃ長い検査も受けました。今思えば何たる行動力。で、精神科医の口から「うーん、広汎性発達障がいと、ADHDでしょう」という言葉を聞けた時、私は晴れて発達障がい者と化したわけであります。これについては深く考えず行動してたこともあって、この診断を「ふーん納得~やっぱりな~!」くらいに受け取りました。でもなんやかんや悲しい感じではありました。いざ「発達障がい者」となって何の才能も発揮できないまま社会のお荷物と成り果てたら、実家の大好きな家族がいかに驚き、悲しみ、戸惑うかと。ぬた子さん悩みました。ええ、実際の反応は「え?まじで?わろた」の一言でしたけど。

 

 その当時持っていたフォロー数52,フォロワー数9(うろ覚え)という、ありえん寂しみを感じるツイッターのアカウント。世の人気ツイッタラーさんであればこの数字を聞いて卒倒するんじゃなかろうか。それを、特に目的もなくぽちぽちやっているうちに、どうやらツイッター上には発達障がいの人々が多くおられる、ということに気がついた。こりゃあ、情報交換のためにもいち早く彼らと交流せねばなるまい!ビバ発達障がいクラスタ!と思い立ち、それ専用のアカウントを作成しました。結局情報交換というよりかは日常の些細な出来事をやり取りするのがメインで、それがとっても楽しかったんですけど。後述します。

 

 私は始めたてのとき、発達障がいに関する何かをツイートしたのですが(ポエミーすぎるので内容はヒミツ)、それがどうも発達障がい関連のツイッタラーさんたちの心を鷲づかみしたらしく、ツイートはたちまち拡散され、フォロワーさんはどんどん増えていったのです。リツイート数とフォロワー数がぐんぐん伸びていくなか、私は恍惚としていました。「すごい…こんな多数の人に注目されるなんて…!友だち増えた…!」と。それとなくこれまでのライフヒストリーが伺えるようですね。何と物悲しい人間なのでしょう。

 そこで出会ったのは、発達障がいをお持ちでありながらもコミュニケーションには問題がないという方が大半でした。パニック障害やうつ、摂食障害などの発達障がいとは別の精神障害を併発していらっしゃる方もたくさんいらっしゃいました。というか、私のように純粋な発達障がい者(という表現は正しくない気もする)はめちゃくちゃ少数でした。多くの方はこれまでの人生で挫折を何度か経験し、精神を病んでしまっているという状態でした。私のようにうつも無ければ不安も無い、心身ともに健康な人というのは本当に珍しいものなのです。プロフィールに数々の現在服用している薬を記載している人を見かけると、発達障がいの診断を受けたあとも何の薬も飲まず日々のうのうと生きる私はなんだか奇跡のかたまりのようなモノに感じられました。

 

 最初はコンサータストラテラをはじめとする発達障がいの症状を抑えるための薬の副作用のこと、聴覚過敏で困っていることなど、わりかし真面目な話もしていた気もしますが、そのうち日常会話が主になっていきました。

 というか皆さん話してみたら全然普通だった。ほんttttっと普通。私なんかよりもよほど常識やコミュニケーションに必要な共感能力があって、ノリもよくて。「今日買ったお洋服♡」「男だけど料理つくってみた」「今日は彼氏と○○に行った♪」「バイクで遠出した」とかね。きっとそういう定型発達の人々と共有できる普通の側面を多く持ち合わせているからこそ、かえって発達障がいの負の部分が際立ってしまい、気になるのだろう。幼少期から引き気味に「ぬた子ちゃんってちょっと個性的(独創的)だよね~…アハッ…」と言われ続ける私とはそもそも立つ土俵が違ったのかもしれない。

 まあとにかく。

 「おはよー」と言ったら「おはよ!」。「ただいま」と言えば「お帰り。おつかれ~」と返ってくる日々だった。すばらしかった。それまで私のリアル垢のツイートに返事が返ってきたことなんて無かった。せいぜい1お気に入りが良いところだった。発達障がいを持つ人々はみんな何かしらの寂しさを感じていたのか、とにかくよく話しかけてくれた。こんな私にさえ。いわゆる「あたたかいインターネッツ」に包まれたのは、おそらくこれが最初で最後だったな…と思うとなんだか胸が切なくなる。今後こういう経験はもうないだろう。

 

 あれほど発達障がいクラスタの皆さんに可愛がってもらったのにも関わらず、私はある日「あっもういいや」と何の予告もなくツイッターのアカウントを突如消してしまった。全部面倒くさくなったのだ。アカウントを作って、わずか数か月しか経過していなかった。親しくなることも、人とのつながりを維持することも全部やっかいごとのように思えてきてしまったのだ。自分たちだってすごく辛いのにどうでもいい私にすごく優しく接してくれた人たちに背を向けてしまった。馬鹿なの?死ぬの?

 それ以降ツイッターは一度もやっていない。ちょっとした後悔がいまだに腹の中に残っている。コミュニケーションから逃げてしまった。

 ブログなら必ずしも相互関係を築かなくてもいいし金銭面で窮迫したらアフィリエイトの恩恵にあずかれるかもしれないと思うことにした。ちょっとだけ気が楽だ。

 

 自分を責め続ける人、家族との軋轢に悩む人、薬の副作用に苦しむ人、涙ぐましい努力をしている人……。色んな人がいた。一瞬あのコミュニティに所属していただけの人間だけれど、学んだことは多い。発達障がいクラスタは今も自分の弱さを受け入れて生きているんだろうか。もしかして記憶の片隅にあるかもしれない私もそれなりに元気にしていますので、お互いに頑張りましょう。負けないでください。